歴史・文化財
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蓮田市内の石造物の種類と数
供養塔3 庚申塔(こうしんとう)
庚申塔は、庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のことです。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多いようです。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれます。
庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習です。
庚申塔の石形や彫られる神像、文字などはさまざまですが、申は干支で猿に例えられるから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多いようです。
同様の理由で庚申の祭神が神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもあります。また、猿田彦神は道祖神とも信仰されるため、庚申信仰が道祖神信仰とも結びつくこととなったようです。さらに仏教では、庚申の本尊は青面金剛とされるため、青面金剛が彫られることもあります。
庚申塔には街道沿いに置かれ、塔に道標を彫り付けられたものも多いようです。これは道祖神など他の路傍の石仏にはあまりみられない機能であり、庚申塔の特色とされています。
歴史と特色
庚申塔の建立が広く行われるようになるのは、江戸時代初期(寛永期以降)頃からで、以降、近世を通して多数の庚申塔が建てられました。当初は三猿像や青面金剛像を彫り付けたものが大多数であったが、しだいに「庚申塔」あるいは「庚申尊天」と文字のみ彫り付ける形式が増加します。
庚申塔は全国的な分布が確認されていますが、地域によって建立数に差が見られ、特に旧相模国を中心とした地域では数多くの庚申塔が建立されたようです。