歴史・文化財
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蓮田市内の石造物の種類と数
石神3 稲荷神(いなりしん)
稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)は、日本の神で『稲荷大明神(いなりだいみょうじん)』とも言い、「お稲荷様・お稲荷さん」の名で親しまれています。稲荷神を祀る神社を稲荷神社(いなりじんじゃ)と呼び、日本各所にある神道上の稲荷神社の総本社は京都市伏見区にある伏見稲荷大社です。また、神仏習合思想においては仏法における荼吉尼天が本地仏とされ、その総本社は豊川稲荷です。
稲荷神は、宇迦之御魂神(うかのみたま。倉稲魂命とも書く)などの穀物の神の総称であり、宇迦之御魂神の他、豊宇気毘売命(とようけびめ)、保食神(うけもち)、大宣都比売神(おおげつひめ)、若宇迦売神(わかうかめ)、御饌津神(みけつ)などとされている。
日本にある稲荷神社は2万社とも3万社とも言われており、屋敷神として企業のビルの屋上や工場の敷地内などに祀られているものまで入れると稲荷神を祀る社は無数と言って良いほどの数です。江戸時代には、江戸に多い物として「火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬の糞」というはやり言葉があったほどである。本来は穀物・農業の神ですが、現在は産業全般の神として信仰されているようです。
本来は、穀物・農業の神とされますが、自然の生育に任せ収穫した稲を荷のように架けて乾燥させるまでに生長し、その後は人手で処理できるまでに至ったことの感謝を表しているとも考えられるようです。
稲荷神と狐
伏見稲荷の狐宇迦之御魂神は別名「御饌津神」(みけつのかみ)と言います。狐の古名を「けつ」と言い、御饌津神を「三狐神」と解して、狐が稲荷神の使い、あるいは眷属(けんぞく)であるとされていました。狐を稲荷神の使いとする民間信仰は、中世より始まったもので、後に狐が稲荷神そのものであると誤解されるようにもなりました。「稲荷神=狐」と誤解されるようになったのは、江戸時代前後からといわれ、俗信や流行神(はやりがみ)という、一過性に流行るご利益信仰の影響からと考えられています。また妖狐の中の『金狐・銀狐(きんこ・ぎんこ)』はダキニ天の眷属と考えられているほか、稲荷神社に祀られている狐の多くは白狐(びゃっこ)であるとされているようです。
稲荷神社の前には狛犬の代わりに宝玉をくわえた狐の像が置かれる例が多くあります。他の祭神とは違い稲荷神には神酒・赤飯の他に狐の好物とされる油揚げが供えられ、ここから油揚げを使った料理を稲荷と称するようになったようです。
[ミニコラム] 信仰と稲荷(きつね)
稲荷神社では、2月の最初の午の日に「初午祭(はつうままつり)」が行われます。これは、伏見稲荷神社の祭神が降りたのが和銅4年(711年)2月の初午であったからと言われています。これに際し東京では、行灯に地口とそれに合わせた絵を描いた地口行灯を街頭に飾ることがあるようです。
稲荷神には大別して2系統あり、片方は伏見稲荷大社などに祀られる稲荷神(豊川稲荷、篠村八幡宮、祐徳稲荷神社等)。もう一つは狐神として祀られ庶民の間から派生した稲荷神があります。
蓮田市内でも過去には、それぞれの村で『初午』行事が行なわれていました。稲荷様へ子供達だけの初午こもりをし一晩過ごした後、菓子などをあげ、「赤飯・スミツカリ」も食していたようです。