歴史・文化財
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蓮田市内の石造物の種類と数
天部3 天部の神々2
閻魔(えんま)
閻魔(えんま)は仏教・ヒンドゥー教などでの「死の神」を言います。
日本仏教においては、後に閻魔の本地とされる地蔵菩薩が奈良時代には「地蔵十輪経」によって伝来していたようです。しかし、現世利益優先の当時の世相のもとでは普及しなかったようです。
平安時代になって末法思想が蔓延するにしたがい源信らによって平安初期には貴族、平安後期には一般民衆と広く布教されるようになり、鎌倉初期には預修十王生七経から更なる偽経の「地蔵菩薩発心因縁十王経」(略して「地蔵十王経」)が生み出された。
これにより閻魔の本地が地蔵菩薩であるといわれ(ここから、一部で言われている「地蔵様 = 閻魔大魔王」の説が派生したと考えられるようですが、詳細は不明です)、地蔵のみならず十王信仰も普及するようになったようです。
また、閻魔は地獄と浄土を行き来できるとされています。
日本では、嘘をついた子供を叱る際「閻魔様に舌を抜いて貰う」という民間伝承があります。
奪衣婆(だつえば)
奪衣婆(だつえば)は、三途川(葬頭河)の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る老婆のことです。脱衣婆、葬頭河婆、正塚婆(しょうづかのばば)とも言われます。
奪衣婆が剥ぎ取った衣類は、懸衣翁という老爺によって衣領樹にかけられます。衣領樹に掛けた亡者の衣の重さにはその者の生前の業が現れ、その重さによって死後の処遇を決めるとされています。
どんな○○でも信仰に…!
こんな不気味な?奪衣婆ですが、江戸時代末期には民間信仰の対象とされ、奪衣婆を祭ったお堂などが建立された。
市内のものは、石造物として建立された信仰の対象物です!!
また、俗説ではありますが、奪衣婆は閻魔大王の妻であるという説もあります。