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更新日:2016年12月1日
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市指定有形文化財・考古資料(昭和43年2月1日指定)
南北朝時代の板碑です。足利氏の勢力下と思われる本地域にも関わらず、北朝方の年号である『建武』ではなく、南朝方の年号『延元元年(1336年)』が刻まれています。残存長58.5センチメートル、幅23.0センチメートル、厚さ2.0センチメートルと比較的小型なものです。
埼玉県東部地域も含めても、南朝方の年号板碑が確認されているのは8基のみとなっています。内訳は蓮田市1基、幸手市3基、春日部市3基、越谷市1基です。時代により武蔵国と下総国の境は変わりますが、幸手市や春日部市のものは、旧下総国に属するものと推測され、勢力範囲は南朝方に属する地域です。
東部地域の板碑数は、年号のわかるもので1,378基あり、破片も含めると3,000基以上確認されています。蓮田市内では現在までに破片も含めて240基を超える板碑が確認され、年号のわかるものは110基を超えます。年代は弘安十(1287)年~永禄元(1558)年となっています。
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